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ある貴婦人の肖像(1996年)

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    『ピアノ・レッスン』を撮った監督なんだから、もう少しなんとかしてほしかったなあ。


    「生きることをもっと知りたいの」と生き生きと話していた魅力的な若い女性が、<一瞬の官能>に流されて世にも下らない男(ジョン・マルコビッチ)と結婚してしまい、牢獄のような生活のなかでもがく。彼女にはたして光明は訪れるのか。

     

    カンピオン監督は、なにを描きたかったのだろう。イザベル(ニコール・キッドマン)が苦しみながら自由を獲得していく道程とか、そういうことではない。というか、19世紀のヨーロッパで(あの当時はどこでもそうだと思うけど)女性が置かれていた地位というのは、もちろん今とは比較にならないほど束縛に満ちたものだっただろうから、そういった次元での不自由さをそのまま描いたところで、現代の私たちは共感のしようがない。

     

    たとえば『タイタニック』のローズ(ケイト・ウィンスレット)には、舞台となった時代の女性ならではの苦しみと、それを乗り越えようとする勇気がきちんと描き込まれていたから、普遍的な心情として感動を味わうことができた。

     

    『ある貴婦人の肖像』の冒頭で、若い女性たちが<初めてのキス>の魅惑を語り合うセリフがある。イザベルもまた、ただ一度の<キス>で自らの<官能>に目覚め、結婚する。それはまちがった選択だったが、べつにまちがったっていいのだ。そういうことはよくあることだから。

     

    でも、その牢獄で苦しむ彼女を2時間も見せられるのは、やっぱり長い。そんなものは早々にはしょって、<官能>に目覚めたがゆえに、<結婚という枠組>をはみだしていくイザベルの<生>を描いてほしかったなあ……。

     

    彼女の友人がイザベルに向かってこういうことをいう。
    「わたしはあなたが心配なの。流される人だから」

     

    そうそう。イザベルという女性は、じつは<流される女>である。そして、そこが魅力的なのだ。ラスト、愛する従兄弟の死に慟哭しながら、いい寄る男の<キス>に触発され、受け入れてしまうイザベル。われにかえり、思わず走り去りながらも振り返る顔のストップモーションの美しさ。

     

    イザベルがとことん流され、いきつくところまでいきついて、そこではたしてどのような風景を見るのか……そこにはきっと、なにかとても根源的なものが横たわっているような気が、わたしはするのだが。

     

    硬質のガラス細工のようでいて、官能的な表情も持つ二コール・キッドマンは、とってもいい。

     

    監督:ジェーン・カンピオン

    出演:ニコール・キッドマン、ジョン・マルコヴィッチ、バーバラ・ハーシー、ヴィゴ・モーテンセン、クリスチャン・ベール ほか

    JUGEMテーマ:映画

     

     

    nancy * 映画(ア行) * 13:38 * comments(0) * -

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